nekoはち日記

日常の出来事と花だよりを綴るブログ

芍薬が今から見頃だった

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牡丹と芍薬

牡丹園に行ってきたが牡丹は見頃を過ぎると遅咲きがいくつか咲いたいたのみだったが、

芍薬がこんなに綺麗だったのでびっくりだった。

見応えのある花今かもう少し見頃があるようだった。

何度出かけても牡丹の見頃をタイミング逃し花過ぎてしまうっている。

しかし、芍薬がこんなに綺麗だとは予想外でした。 

芍薬

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庭師さんよりひと言聞いた

  • 肥料は株側に置いてはダメ
  • 赤土を好み、水はけがよい土

 

牡丹

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 ぼたんと緑の丘公園

唐津市肥前町万賀里川373-39)

 料金:中学生以上500円、小学生300円
お問合せ:ぼたんと緑の丘公園事務所TEL0955-53-2032、ぼたんと芍薬まつり実行委員会(唐津市肥前支所内)TEL0955-53-7145

ぼたんまつりは5/10まで

 佐賀のお花見スポット<ボタン、シャクナゲ、ツツジほか> | 特集記事 | あそぼーさが

 

切木ぼたん 「きりごぼたん」

根元は一本で全体は畳一畳ほどはあったと記憶してるのですが?。

凄いです。

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切木のボタン(きりごのぼたん)

樹齢400年

切木のボタンは、東松浦半島南西部、唐津市肥前町切木の出直登(いでなおと)さん宅の庭先にあります。高さ約50cmの石垣で囲まれた東西5.6m、南北6mの花壇にあふれんばかりに栄えていますが、元は1株であったと言われています。

基幹(きかん)は現在40株ほどに分かれていますが、それぞれの株はさらに5~10本程度に枝分かれしています。基幹周辺の株で最大のものは、幹の径が約6cm、高さが約1.5mに及びます。

ボタンは、中国原産のキンポウゲ科の園芸植物・落葉低木です。「立てばシャクヤク、座ればボタン」と昔から美人の艶やか(あでやか)な姿にたとえられるように実に美しい花を咲かせます。

切木のボタンは、毎年4月下旬に満開期を迎え、直径25cm程の淡い紅色の八重の大輪を500個以上も付け、多くの見物客の目を楽しませています。

昭和51年2月25日:県の天然記念物(植物)に指定
唐津市肥前町切木


エピソード・伝承・うんちくなど

今から約380年前、岸岳城(唐津市相知町唐津市北波多)の城主であった波多三河守が豊臣秀吉の怒りにふれ、流罪となった際に家来達は城を焼き払って立退き(たちのき)、三河守が大切にしていたボタンをこの切木に移し植えたとういう伝説があります。

なお、近松寺のボタンは切木のボタンを株分けしたものです。

博多祇園山笠と切木ボタン

切木ぼたん(肥前町

秀吉の怒りにふれ筑波山に幽閉(ゆうへい)された松浦領主、波多三河守。その後、焼け落ちた波多氏の居城、岸岳城跡(北波多)を訪れた家来の井手賢介が主君の愛した牡丹の一株を見つけ、持ち帰って屋敷に植えたのが始まりと言われています。また、三河守に同情した博多の人々は博多祇園山笠に牡丹の花の飾り物を加えるようになったと言われています。

また、福岡市の中州観光協会のHPには、以下のように記されています。

山笠と牡丹

舁き(かき)山笠、飾り山笠どちらにも牡丹(造花)が飾られています。どうして山笠に牡丹か?「切木の牡丹」説があります。切木は、佐賀県唐津市肥前町にある地名です。ここの民家で育てられている牡丹は大輪で、佐賀県の天然記念物に指定されています。地元の言い伝えによると、この牡丹は今から約400年前、同地方を支配していた波多三河守が大切に育てていたと言われています。三河守が太閤秀吉の九州平定のおり町割りに参加せず怒りに触れ城は焼き払われましたが、その際、三河守の妻が重臣に依頼し、ひそかに持ち出され切木に移し植えられました。三河守が参加しなかったのは、秀吉が三河守の妻”秀の前”に横恋慕したのが原因と言われています。博多人は三河守に同情、山笠に飾るようにしたと言われています。

 https://www.city.karatsu.lg.jp/bunka/tanbo/shizen/botan.html

 

 

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